続 自己肯定感とは

自己肯定感を身に付けるには、もう遅い。と書いたのには理由があります。

それは、自己肯定感なんていらないと思っているからです。

俺は、自己肯定感という言葉が嫌いです。

この言葉には、「自己肯定感が無い人間はクズだ」みたいなニュアンスがあります。

でも、ちょっと考えてみてください。

自己肯定感は、自分の力じゃ手に入らないんです。

他人の力でしか手に入らないんです。

なのに、現在。

自己肯定感がある人のほうが、良いとされています。

自分の力じゃ手に入らないのに、手柄は自分のもの。

この矛盾が嫌いです。

俺は、人生のほとんどは、才能で決まると思っています。

遺伝子という才能。

親という才能。

環境という才能。

身体という才能。

脳という才能。

外的要因で形成される、人格という才能。

遺伝的特徴の発現も、親も、環境も、身体も、脳も、人格形成も

突き詰めれば、答えの無い、運。

自分の意思ではどうにもならない、運という才能。

自己肯定感を持っている人と、持っていない人の違いは

運です。

運を含めた、才能です。

ただひとつ、運でも才能でも無いものがあります。

たったひとつ、誰でも自由に選べるものがあります。

それは、今を生きるということです。

今、この瞬間を、生きる、ということです。

自己肯定感なんていらないと思います。

他人からもらったものを、偉そうに振りかざすな。

こんな矛盾だらけの概念、くそ食らえ。

俺は、自分を否定してでも、他人を思いやれる人が好きだ。

俺はそんな人を、安心させたい。

そんな人に、良い経験をさせたい。

そんな人の、選択肢を増やしたい。

そんな人の記憶を、良いことでいっぱいにしたい。

そんな人の想像力を、優しさを、肯定したい。

後先なんてどうでもいい。

俺は、今を生きる。

 

俺にこんなことを思わせて、こんなことを書かせるあなたは

すごいんだよ。